浦和地方裁判所 平成元年(モ)1663号 決定 1990年7月26日
当事者
別紙(一)のとおり
主文
本件申立をいずれも却下する。
理由
第一原告の申立の趣旨及び理由
別紙(二)のとおり。
第二被告の意見
別紙(三)のとおり。
第三当裁判所の判断
一 主位的申立について
1 一件記録によれば、被告は、原告の昭和五八年分の所得税につき更正処分をするに際し、原告のプレス加工業による所得金額を実額で把握しえないとして、原告の納税地を所轄する被告所轄管内の三郷市及び八潮市で青色申告をしている同業者を抽出し、右同業者の当該年分の平均所得率を計算し、その数値に基づいた推計によって原告の所得金額を算出したこと、被告は、本訴において右平均所得率の合理性を立証するための証拠方法の一つとして、関東信越国税局長作成の「訴訟事件に関する資料のの報告について」と題する一般通達(乙第一号証)及び被告作成の「訴訟事件に関する資料について」と題する報告(乙第二号証)を提出していること、右報告には、前記同業者の氏名を秘し、同人らを表示するものとしてAないしPの符号を付して、同人らの所得税青色申告決算書からそれぞれの売上(収入)金額、所得金額を移記したものが記載されていること、被告は本件主位的申立にかかる文書(以下、「本件文書1」という。)を所持していることが認められる。
2 次に、本件文書1が民事訴訟法三一二条一号の「訴訟ニ於テ引用シタル」文書に該当するかどうかを検討する。
同条同号の趣旨は、当該文書を所持する当事者が、裁判所に対し、その文書自体を提出することなく、その存在及び内容を積極的に申し立てることにより、自己の主張が真実であるとの心証を一方的に形成させる危険を避け、当事者間の公平を図って、その文書を開示し相手方の批判にさらすべきであるとするところにあると解される。したがって、右に「訴訟ニ於テ引用シタル」文書とは、その存在及び内容が、訴訟手続において当事者により何らかの方法によって明らかにされた文書をいうのであって、必ずしも証拠として引用されたものに限られると解すべき合理的理由は存在しない。
してみると、前項において認定した事実関係においては、本件文書1は被告が本訴において証拠として引用した文書ではないが、その存在及び記載内容中の重要部分が被告の提出した前記乙第一及び第二号証によって明らかにされているのであるから、本件文書1は、民事訴訟法三一二条一号所定の文書に該当するというべきである。
3 そこで、被告が守秘義務との関係で提出義務を免れるかどうかについて、検討する。
民事訴訟法三一二条所定の文書提出義務は、裁判所の審理に協力すべき公法上の義務であり、基本的には証人義務、証言義務と同一の性格を有するものと解されるから、文書所持者にも同法二七二条、二八一条一項一号等の規定が類推適用され、文書所持者に守秘義務のあるときには、当該文書の提出義務を免れるというべきである。
本件文書1は、前記のとおり被告が抽出した納税者の青色申告決算書であり、個人の秘密に属する収入金額、所得金額、資産負債の内容等が記載されているのであって、税務署長は所得税の調査に関し職務上知りえたかかる事項につき、国家公務員法一〇〇条一項、所得税法二四三条によって守秘義務を負うものであり、このような文書を訴訟において引用したからといって各納税者の秘密保持の利益が無視されてよいことにはならなず、税務署長はかかる事項について依然として守秘義務を負っているものというべきであるから、被告は本件文書1の提出義務を負わないというべきである。
よって、主位的申立には理由がない。
二 予備的申立について
原告は、申告者の氏名、事業所の名称等の固有名詞を削除した本件文書1の写し(以下、「本件文書2」という。)の提出を求めるが、しかし、民事訴訟法三一二条所定の文書提出命令は、当該文書の原本が存在することを前提とし、これを所持する訴訟当事者・第三者にその提出を求めるものであり、右文書が現存し、提出命令申立ての相手方がこれを所持していることは原告において主張立証すべきものであって、その作成がいかに容易であっても、現存しない文書を作成した上、これを提出することを命ずることはできないというべきである。
とすると、一件記録によっても、原告主張のような文書を被告が所持していることを認めるに足りる証拠はないから、予備的申立も理由がない。
三 よって、本件申立をいずれも却下することとし、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 大塚一郎 裁判官 小林敬子 裁判官 西郷雅彦)
別紙(一)
埼玉県三郷市新和五丁目一〇三番一号
原告 江幡昭一
右訴訟代理人弁護士 佐々木新一
右訴訟副代理人弁護士 山越悟
右訴訟代理人弁護士 柳重雄
同 奥村一彦
東京都千代田区霞が関三丁目一番一号
被告 越谷税務署長 吉田満朗
右指定代理人 武井豊
同 玉田真一
同 中澤勇七
同 村上昇康
同 三村明
同 松本智
別紙(二)
第一 証すべき事実
被告の主張する類似同業者AないしP(特にC、G、H、I、K、L、N、P)と原告とは、その専従者数、従業員数及びこれらの給与・人件費、償却資産、雑収入、棚卸高等の営業形態が異なっており、AないしPを原告の類似同業者として推計の根拠として用いることは全く合理性がないこと。
第二 文書の表示及び文書の趣旨
一 (主位的申立)
被告の昭和六三年二月二二日付準備書面(二)の別表二に記載されているAないしPについての各昭和五八年分の青色申告決算書(青色申告決算書添付決算表一切)
二 (予備的申立)
右文書の写し。但し、申告者・税理士の住所・氏名・電話番号、事業所の名称・所在地、従業員の氏名等の固有名詞を削除したもの。
第三 文書の所持者
被告越谷税務署長
第四 文書提出義務の原因 民事訴訟法三一二条一号
一 本件文書1は民事訴訟法三一二条一号に該当する。
民事訴訟法三一二条一号の趣旨は、その当事者が裁判所に対し当該文書を提出することなく、その存在及び内容を積極的に引用することによりその主張が真実であるとの一方的な心証が形成されるのを防止し、当事者間の公平を図るためその文書を相手方の批判にさらすべきであるという点にあるとともに、同文書の存在・内容を積極的に申し立て自己の主張の裏付けとした場合には、相手方にも同文書を利用させることが公平であるという点にある。そうだとすると、裁判所の心証形成に影響を与えるような態様で、自己の主張を裏付けあるいは明確にするために言及し引用された文書であれば、証拠として引用されなくとも同条同号にいう引用文書に当たると解すべきである。
本件についてみると、被告は、その昭和六三年二月二二日付準備書面(二)において、推計課税における同業者の平均所得率を算出するに際して、比準同業者を「昭和五八年分において、青色申告の承認を受け青色申告決算書を提出している者」とし、さらに「被告が採用した平均所得率にかかる同業者は、同準備書面第二項(一)の条件を満たす者の全部が抽出されたものであるところ、その抽出に恣意が介在する余地は全くなく、抽出された同業者は原告と業種を同じくし、また、事業規模において類似しているものであるから、この同業者の所得率の平均を適用して原告の事業所得金額を算出する方法には合理性があるものである。」と主張している。そして、同準備書面別表二は、右同業者青色申告の特典控除前の金額を青色申告決算書から算出して所得金額とし、平均所得率を算出している。さらに乙第一号証「訴訟事件に関する資料の報告について」の調査対象者においても、「所得税青色申告決算書を提出している青色申告者」を対象とし、調査記載要領においても売上金額、所得金額は「決算書の金額」によるものとされている。乙第二号証「報告書」の同業者調査表は、右基準に従って青色申告決算書によって作成されたものである。
このように、被告は、青色申告決算書なる文書の存在・内容をその主張、立証において積極的に引用・言及し、類似同業者の数値が青色申告決算書の数値による客観的なものであり、かつ同業者は業種を同じくし、事業規模も類似しているので、その推計は客観的かつ合理的であることを主張し、かつ立証しようとしているのである。
しかるに、類似同業者が真実類似同業者であるのか、青色申告決算書の数値が正確であるのか、正確に青色申告決算書を移記して同業者調査表が作成されているのか、これらの諸点は本訴の帰趨を決する問題であるにもかかわらず、青色申告決算書の提出なくしては、原告には根本的な批判、検証のしようがない。これでは、被告の主張・立証の根本を開示されないまま、批判・検証の道を閉ざされて裁判を受けることになり全く不公平極まりない。
また、本訴では、被告の推計課税が合理的であるか否か(他により合理的な推計課税方法があるのではないか)は、被告が抽出した同業者に真実原告との業態類似性があるか否かにかかっている。この点原告は、本来越谷税務署管内全域から、業態のより類似した業者を抽出して平均所得率を算出することがより合理的であり、かつそれが可能であると主張している。この原告の主張も青色申告決算書が提出されれば、その内容(専従者数、従業員数、これらの給与、減価償却資産、棚卸高、雑収入等)を検討し原告と比較することにより、より明確なものにすることができ、かつ立証も容易となる。被告が青色申告決算書を自己の主張・立証に利用するのであるなら、原告にもそれを利用させるのでなければ全く不公平である。
二 守秘義務に基づく提出義務免除の主張は不当である。
1 民事訴訟法三一二条一号が「引用文書」について提出義務を認めた趣旨は、既に述べたとおり当事者の公平にある。これを守秘義務との関連でいうなら、当事者が訴訟においてその所持する文書を自ら利用して自己の主張の根拠としながら、当該文書の提出を守秘義務を理由として拒絶できるのであれば、相手方としては文書の内容、信用性を全く批判しえずただ傍観するのみでなすすべがなく、全く不公平であり、裁判の適正にも反する。
本件の場合にあっても、無論、実額立証やその他の推計課税の合理性に対する反証の手段は皆無ではないが、青色申告決算書に対する批判、検証が最も有効な方法であることは既に述べたとおり明らかである。また青色申告決算書を引用することによって心証を形成させようとする以上、適正な裁判の見地からも、当事者の公平、信義誠実の見地からも当該青色申告決算書に対する批判・検証は不可欠なはずである。仮に本件において、青色申告決算書の提出なくして乙第一、第二号証と形式的な証人尋問のみによって判決を下すことになれば、推計課税の合理性について、その核心たる文書に対し全く検証を加えないまま、被告の主張と形式的立証をいわば妄信してして判決を下すことになる。
2 他方被告の言う守秘義務の根拠に一応の合理性があるとしても、個人の秘密や税務行政の円滑さが絶対優位の価値ではなく、裁判における真実発見、裁判の適正化、当事者の公平、信義誠実の要請もまた崇高な価値である。文書の提出によって個人や公共の利益が不必要に侵害されることを防止する必要もあるが、このような問題は程度の問題でありそれぞれの事情を比較衡量して決する外ない。
本件においても、推計課税の合理性を当事者の批判と検証の下に、司法的に厳格に審査することが必要なのであり、それがひいて推計課税を適正に行わせることになり、納税者の権利を守り、税務行政の公正、正確に資することになるのである。前述のように、本件では青色申告決算書の提出が当事者の公平上、裁判の適正上必要であり、特に業態類似性に関して推計課税の合理性を判断するためには青色申告決算書の検討が極めて有益である。
他方、納税者の所得上、営業上の秘密と言っても、実質的に保護に値する秘密なのか、保護に値するとしても青色申告決算書から知り得る秘密が裁判上明らかにされたとしてどれほど税務行政に支障となるのか、これらの諸点は被告の意見書からは必ずしも明らかではない。
3 したがって、青色申告決算書の提出義務を守秘義務を理由に免除することは不当であり、少なくとも本件青色決算書に関する限り守秘義務による提出拒絶は許されないと解するべきである。
三 予備的申立にかかる文書について
1 被告は本件文書2は存在せず、被告の所持するところではないから、「引用文書」に当たらないとし、また被告において青色申告決算書の写しを作成すべき義務を負わせられる法的根拠がないとする。
しかし、前記の文書提出命令の趣旨や青色申告決算書の重要性に照らせば、作成が容易な文書であれば、それを作成の上提出すべきものと解することがむしろ制度の趣旨に合致し、当事者の公平と裁判の適正を図る所以である。
よって、文書提出命令の文書には写しも含まれ、かつ提出義務には必要かつ可能な場合には写しを作成して提出する義務も含まれると解すべきである。
2 守秘義務による提出義務の免除の不当性
被告は、申告者の住所、氏名等固有名詞を削除して写しを作成したとしても、申告者が特定されるにいたることがあり得るとし、原告において個々の氏名等が明らかにされれば公表したに等しくなると主張する。
しかし、前記のように、青色申告決算書は裁判の適正と当事者の公平をはかるために不可欠である。次に、個人の秘密や税務行政の円滑、申告納税制度の適正も相対的な価値であり、裁判の適正、当事者の公平、推計課税制度の適正をとりわけ本件の場合重視すべきであって(すでに収入金額において被告の調査は杜撰であった。また特に業態の点でより合理的な推計課税がなしうる蓋然性が高く、青色申告決算書が根拠となる。)、納税者の秘密や税務行政の円滑を過度に重視すべきではない。
そして、被告の主張するように秘密の保護や税務行政の適正、円滑が必要であるとしても、青色申告決算書原本に比べて所定の事項を抹消した写しの方が申告者を特定しうる蓋然性は極めて低い。また極めて稀に特定できたとしても、税務署の処遇を配慮する納税者心理に照らせば通常原告への協力はほぼ期待できないから、原告が申告者を実際に調査することもさらに稀であるし、まして氏名を公表するなどの事態は杞憂である。
以上の事情からすれば、被告の言う納税者の秘密の侵害や税務行政の適正、円滑の侵害の危険は極めて低いのであり、他方本訴における青色申告決算書写しの重要性は極めて高いのであるから、少なくとも原告の予備的申立は認容されるべきである。
別紙(三)
一 本件文書1は、以下のとおり、民事訴訟法三一二条一号「訴訟ニ於テ引用シタル」文書に該当しない。
1 「訴訟ニ於テ引用シタル」文書とは、当事者が、それ自体を証拠として引用したものに限られると解すべきである。
被告は、本件訴訟において、これまでのところ、原告の昭和五八年分の所得金額について、同業者の所得率を算定するにあたって青色申告者であることを比準同業者の抽出基準の一つとして定めた旨主張し、原告の所得を推計するのに必要な比準同業者の所得率を算定した過程などを立証すべく乙第一及び第二号証を提出したにとどまり、比準同業者が申告した青色申告決算書原本自体を証拠として引用したことはない。したがって、本件文書1は、民事訴訟法三一二条一号に該当しない。
2 仮に、「訴訟ニ於テ引用シタル」文書の意義を、原告主張のように、被告の主張を明確にするために、文書の存在について具体的、自発的に言及し、かつその存在、内容を積極的に引用した場合における当該文書を指すと解したとしても、本件文書はこれに該当しない。すなわち、被告が本件文書1について触れている箇所は、原告指摘のとおりであるところ、その文章全体からみて同業者調査表こそ被告の有力な証拠であるとし、同調査表の作成経緯については既に申請済みの人証により立証しようとしていることが明らかである。したがって、被告が、本件文書1の存在について具体的、自発的に言及しかつその存在と内容を積極的に引用したものとは到底いい得ない。
二 被告は、民事訴訟法二七二条及び二八一条の類推適用により本件文書1について提出義務を負わない。
民事訴訟法三一二条に規定する文書提出義務は、文書の所持者に対して裁判所の審理に協力すべきことを求める訴訟上の義務であって基本的には証人義務、証言義務と同一の性質を有するものであるから証言拒絶に関する同法二八一条一項一号、三号、二七二条等の規定は、文書提出義務についても類推適用されるべきものである。
ところで、国家公務員法一〇〇条、所得税法二四三条は、納税義務者の秘密と税務行政の円滑な運用という公益的要請から税務署長に対し、守秘義務を課している。これは、特定の個人の所得に関する秘密や営業上の秘密を保護することにより申告納税制度の適正な運用が期待しうるという趣旨に基づくものであることはあきらかである。しかるところ右秘密に属する事項について公表することは右制度の運用を期し難いものにし、ひいては国の徴税権の行使にも支障を来すことは明らかである。したがって税務署長の守秘義務が及ぶ事項を記載した文書については提出義務を免れるものといわねばならない。
そこで本件文書1についてみると、青色申告納税者の氏名、住所等が記載されているものであることが明らかであり、文書の内容は、被告が職務上知り得た納税義務者の個人または営業上の秘密に属する事項であるから守秘義務が及ぶものといわなければならない。
三 本件文書1は、その立証事項との関連で証拠としての必要性がない。
文書提出命令を論ずるにあたっては、民事訴訟法三一二条各号所定の要件充足性だけではなく、それを提出することによって侵害された文書所持者の利益を保護する必要性と当該文書の提出の必要性とを比較衡量し、前者が後者よりも優るときには文書提出命令を認めるべきではない。
そこで本件文書提出の申立についてみると、納税者の申告書は、税務職員の守秘義務が及び、これを公表することが納税制度の適正な運用を害し、国の徴税権の行使にも支障を来すからこれを公表させることは、明らかに公共の利益に反する。
他方、本件の訴訟において被告はその推計が合理的であることを証明すべきであるとしてもすでに提出済みの乙第一ないし第二号証等によりこれが肯認されれば足りるのであり、原告にしてもたとえば実額をもって反証し、あるいは他の推計方法を用いることにより被告のそれより実額に近似する金額の推計が可能であるとして被告の推計の合理性を打ち破ることが可能である。してみれば、原告にとって本件文書1が提出されなけれぱ反証ができないというわけではなく、証拠としての必要性もないというべきである。
してみると、前記公共の利益を保護すべき必要性が本件文書1の提出の必要性より優ることは明らかである。よって本件文書1の提出命令は認められるべきではない。
四 原告の予備的申立にかかる本件文書2について
1 本件文書2は存在せず、被告の所持するところではない。したがって、民事訴訟法三一二条一号所定の証拠として引用した文書に該当するということはありえず、被告に本件文書2の提出義務も考えられない。
仮に、原告の申立の趣旨が、被告において本件文書1の写しを作成の上、提出するべきであるというにあるとしても、被告にはそのような義務を負わせられる法的根拠がない。すなわち民事訴訟法三一二条ないし三一四条所定の文書提出命令の制度の根拠は、現存する特定の文書を所持する者に対して裁判所の審理に協力すべく当該文書の提出を命ずることができるにとどまるものであって、現存しない文書について、いかに作成が容易であったとしてもこれを新たに作成した上、提出すべきことまで命ずることは文書提出命令の制度を逸脱するものであるから到底許されるべきことではない。
2 本件文書2についても民事訴訟法二七二条及び二八一条が類推適用されるべきであるから被告は、提出義務を負わない。
青色申告書及び決算書について、たとえ申告者の住所、氏名など固有名詞を削除して写しを作成したとしても、右種々の情報や記載者の筆跡などから当該申告書を作成提出した申告者が特定されるにいたることがありうる。
かかる場合、特定の申告者に対し、原告側の調査が行われ、第三者である申告者が困惑するという事態も予想され、あるいは原告において、同業者が特定されたとして個々の同業者の氏名などが明らかにされるとするならば、被告が職務上知り得た納税義務者の秘密に属する事項を公表したのに等しいことになり、申告納税制度の適正な運用を期し難いものにし、国の徴税権の行使にも支障を来すことは明らかである。してみると、本件文書2についても、本件文書1と同様、民事訴訟法二七二条及び二八一条の類推適用により、被告は提出義務を負わないというべきである。
3 本件文書1について論じたとおり、本件文書1自体について、証拠としての必要性がない。しからば、申告者の住所、氏名など固有名詞を削除して作成された写しであるからといって証拠としての必要性が増すということはありえないから、本件文書2は証拠としての必要性がない。